Wednesday, April 22, 2015

伯耆は葛城王のrootsの地であり、大山津見の地。 クナト神の地。 古代出雲の始まりの根の国の地。 そして、根の国、大山津見、クナト神は記紀でも改竄されその真意を隠される。 葛城国とともに、伯耆を探り直すと見えないものが見えてくる? 美作もしかり。 伯耆大山を囲むエリアが秘密の扉を開く鍵と。 さらには、古代出雲(出雲と伯耆)と吉備の鉄の水系を探ると。 海族と山族。。。

私は神武東征は第7代孝霊天皇(フトニ王)の頃と考えます。フトニ王は晩年の11年は伯耆に移られ孝霊山の裾野で生涯を終えられている。そして、その宮だっとされる高杉神社には葛城からつれてきた后や妃と地元で寵愛した娘に対する嫉妬の呪いが今も、神...

Posted by 中山 佳久 on 2015年4月22日


素朴な疑問。なぜ、皇統は隠岐島に島流なのか?他の離島ではなく、なぜ隠岐島なのか?後醍醐天皇は出雲勢力でなく、なぜ伯耆の豪族名和長年、大山寺が庇護したのか?時の伯耆紀氏はなぜ南朝を支持したのか?出雲にはなぜ南北朝に関わる話がないのか?隠岐島はたしか明治時代は島根県と鳥取県いったりきたり。何故?明治になったとき、鳥取県は一時島根県だった。なぜ?どなたか解りますか。

Posted by 中山 佳久 on 2015年4月22日